北京五輪に考える世界平和 Thinking about “peace” from the Olympics

北京五輪の聖火リレー中、イギリス(ロンドン)で大規模な暴動が発生した。そう、つい2ヶ月前まで僕がいた国で。

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以下は2008年4月、英国ウォーリック大学から帰国直後の就活中に書いた記事を一部読みやすく修正の上転載するものです。

留学中も感じていたことだけど、人権とか宗教とか平和といった社会的なイシューに対するイギリス人の関心は日本人と比較して高いように感じる。人種や性的嗜好について差別主義者っぽい人もいるけど、差別することも含めて関心が高い。

なぜかというと、イギリスには日本よりも遥かに多くの移民がいて多様な人種や宗教が身近だからというのが大きな理由なんだろうけど、だからって身近でない日本人が関心を持つべきでないか、口を挟まないべきかというと、そういうわけではないはず。部外者が内部事情を正しく知るのは難しいかもしれないが、どこかで聞いた「好きの反対は嫌いじゃなくて無関心」とはよくいったもので、「平和の反対は戦争じゃなくて無関心」なのだと考えるわけです。

と言いつつ、僕がしていることといえば、戦争と平和に関する授業を履修したり海外のニュースを読んでみるくらいで、NPOやボランティア団体で活動をしようってわけでもない。ただ世界情勢に触れたり考えたりする時間が週に数時間増えただけ。

将来、僕に何ができるかわからないけど、人が苦しんで、怒って、泣く世界より、笑える世界がいい。

ところで、国境無き記者団がオリンピックの5つの輪っかが手錠になっている旗を掲げていたけど・・・そこ?批判するなら中国政府の姿勢ではなくて、五輪そのもの?

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